認知症の母はひとりで心配していた

車で30分ほどの場所に私の実家があり、

本日は、インフルエンザ予防接種のために病院に連れて行きます。

予約してありますが、今日はどのくらい待つでしょう。

「今日は行く日だ」と電話をしておきました。

行く前に言っておくことはとても大切です。

着いてから着替えを始められては、遅刻の原因になります。

両親の予防接種で戻りが遅くなる予感

15時の予約です。

1時間病院で待てば16時となり、それから何かしら買い物に付き合うと・・

帰り着くのは17時半過ぎそうかな。と思い、少し料理をしておこうと思いました。

コンソメスープを作って、両親にも少し分けてあげようと思い、圧力鍋で作る事にしました。

両親は宅食のお弁当を頼んでいますが、スープくらいなら食べられると思います。

圧力鍋で作ると早くて鶏肉も柔らかく美味しくなります。

小さなお鍋に入れて持って行きます。

長ネギとキャベツを洗浄して切って持って行きます。

お味噌汁の具に便利に使って貰います。

玄関先には一人途方に暮れていた母がいた

私「お母さん、来たよ~。はい、スープ作って来た。お鍋に入れ替えて。」というと、

母「あ、ありがとう。どうしたらいいのかなと困っているの」と言いました。

私「どうしたの?インフルエンザの予防接種だよ」

母「そうなのよ、どうすればいいんだろう・・どうしたらいいんだろう。ねえ、あなた送ってくれない?」と泣きそうな顔で言うのです。

私「えっ?そうだよ、だから来たんだよ。私が連れて行くんだよ」

母「え?そうなの?よかった~・・どうしようかと思って」と言うのです。

私「さっき電話したのに」

 

え~・・・本気に心配していたのか。

認知症の人は、私達が考えているよりずっと、忘れてしまう事で不確かになり、心配をすることが増えてしまうのかもしれない。

母は、1人、どうやって病院に行こうかと悩んでいたのです。

 

父は用意しろと言い、自分の事に専念しているから、言えなかったようでした。

足が悪いのに、ここからどうやってあの病院に行くのだろう。行ける気がしない、困った・・。

と心配しながら、取りあえず身支度し始め、心はどうしよう、どうしようと思っていたのです。

かわいそうな思いをさせてしまいました。

1つ勉強になりました。

父は予防接種の紙が無いと探していた

電話で、予防接種の問診票を探しておいて、できれば書いておいてと言っておきました。

しかし、「無いんだよ~」と無い無い言い張っています。

 

あったから、私が予約して今日行く事になったのです。

しかも、最後に入れていた場所も覚えています。

「赤のファスナー付きの袋に入れていたよ、見てみてください」

といちいち反応しないように淡々と言ってみました。

 

父は頑固なので、「無いと言ったらない!」と面倒なやりとりにならないように応対しました。

「あ、あった」と父は言い、「そうだよね。よかったね」とだけ返しました。

父は2人の問診票を書いて、ようやく出発できそうです。

それでも14時に着いているので、計算通りです。

 

「お父さん、銀行の記帳ずっとやっていないと言っていたよね。銀行についでに行ってあげようか?」というと

「そうなんだよ、ずっとやってないんだよ、車無くなったらできないんだよ~」文句に似た言葉が出て来たので、早々にこの話を切り上げる事にします。

 

「わかった、先に銀行に行っこう。それから予防接種で間に合うよ。はい、行きますよ~」

こんなちょっと間違えれば、文句と頑固さで扱いにくくなる父ですが、

母の手をしっかり握っている姿がなんと愛らしく見えるか・・。

 

「よかったね~、お母さん」と繰り返し言ってしまいます。

微笑ましいって、年老いた人にも使うものでしょうか、でも本当になんとも優しい光景なのです。

お礼のミカン狩り

色々ありましたが、無事戻ってくると、母が庭先にたわわに実っているみかんをくれようとしました。

「まだ、みかん早いんじゃないかなぁ」というと父は甘いよと言ってハサミを渡した。

庭先みかん狩りとなりました。

「ほらもっと持って行け、もっと持って行け」と言われつつハサミでぱちんといくつも切りました。

「我が家のは、今年は3つくらいしか実らなかったなぁ、」というと、

枝を深く切るからだと言われました。

だけど、隣の家に迷惑だから切らないといけないというと、それじゃならないな、と言われてしまいました。

知らなかった、調べもしなかったけど、そういうものなのですね。

自宅で食べてみると、香りが広がり、フレッシュさ100%でした。甘酸っぱくて美味しかったです。

おわりに

認知症の母が、思いがけない心配に泣きそうになっているのを見て、

安心な気持ちは認知症の人には必要だと感じました。

私達は覚えている事が当たり前な部分が、さっさと消えてしまった人は、情報が無かった事と一緒です。

すると、どうなっているんだろう、私はどうなってしまうんだろうと不安が膨らんで、1人不安に駆られてしまうようです。

分かりやすく、安心に結び付く話し方が何より大切だと思いました。

参考になったら幸いです。

 

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